できっこないをやらなくちゃ

早稲田大学文学部中国語中国文学コースのキャプテンが綴る日常と非日常

大食いという称号が欲しかった、しかし挫折した

先日早稲田で油そば学概論という授業が行われた。早稲田と言えば、油そばといえば早稲田。これは周知の事実であろう。

 

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左から図星、学会、麺珍が並んでいる。

ここでは油そばに対するそれぞれの愛が語られ、油そばを世界に広げたいという熱い思いが語られた。

 

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上の3店舗と麺爺合計4店舗の油そばを期間中に食べれば、限定Tシャツがもらえるというキャンペーンが催された

 

欲しい、何が何でも欲しい

油そばを喰わぬ者、早大生にあらず。」

 

かっこいい。金払ってでも欲しい。

 

さっそくその日に麺爺を食べ、翌日中文で麺珍を食べに行った。

 

どうせ食うなら鬼盛りを食べようと僕が提案すると、彼らは快くYES!と言ってくれた。

さすがはイエスマン、ノリがいい。

 

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ゴールドジムで筋肉をいじめてきた僕は、はやく筋肉を回復させてあげたく、開店前から並んでいた。

 

そして鬼盛りとくず肉を注文した。

くず肉というのは麺珍亭にしかないサービスで、チャーシューの端くれを無料でたっぷり乗せてくれるのだ。

くず肉が食べたいがために麺珍亭に通う早大生も珍しくない。

 

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鬼盛りは4玉で茹で上がりの重さはなんと1kg

混ぜるだけで大変である。

酢とラー油をたっぷりかけて、僕はさっそく食べ始めた。

僕はその日1度も手を止めることなく10分強で完食した。

隣の中文学徒を見ると、まだ全然食べ終わってなかった。僕は外で彼らを待つことにした。

 

 

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彼らがあまりにも出てくるのがおそいので、僕は急かした。

「いいから早く食えよ」と食ハラをした。

はいぐ〜の言う「アドバイス」というのは基本的に「悪口」という意味で使われる。

僕達は悪口は言わないけどアドバイスは言うのだ。これからを良くするための、指摘、そして悪口。

 

ずおたんとはいぐ〜が出てくるといきなりぶちギレてきた。

「お前が食えるからってそれでマウントとるんじゃねえよ」

「自分だけができることをやってそれを俺らに付き合わせるんじゃねえ」

 

彼らはどうやら結局食べきれず残してきてしまったらしい。

 

俺は反論する

「別に無理やり付き合わせたわけでもねえし、食えない自分の弱さを俺に当たんなよ」

 

すると

「食えることが強さなのか?胃袋の大きさは強さの指標になるのか?ちげえだろ。俺らが言う“できっこないをやらなくちゃ”っていうのはな、誰もがやらないようなことに挑戦することだろ。誰でも思いつく大食い企画なんて俺らが求めてるできっこないじゃねえんだよ!」

 

僕達はプロテインを買って戸山公園に行った。そこで、僕達は“できっこない”ってなんなのかということを真剣に話し合った。

 

できっこないをやらなくちゃというこのブログを書いているが、果たしてできっこないをやるというのはどういうことなのか。

 

まずはその定義をはっきりさせなくてはならない。

 

まず人に迷惑をかけるものはだめだ。

とは言っても、迷惑とは主観的なものであって、考えればきりがない。

 

長い議論の末、やはり

誰もが思いつかないような面白いことに挑戦しようという結論に至った

でも実際これだけの多くの人間がありふれている中で、独創的な企画は難しいかもしれない。

それでも、僕達は他の人には思いつかないできっこない、そして思いついても普通行動には移さないことをやろうということになった。

 

そして何よりもワクワクすることをやろうということになった。

僕達全員がワクワクすることに挑戦していこう。

 

あと、中文には悪いイエスマンの風潮があるという話になった。

なんでもイエス、イエスと答えることは確かに、最初はいいかもしれない。

だけど、イエス、イエスと本心とは裏腹に義務感でイエスって言うのは違う。

悩んだらイエス!って答えるのは人生を面白くするためにいいことだと思う。

しかし、したくないことまで無理にイエスと言う必要は無い。

映画にもあったが本当のイエスマンとはノーをはっきり言えねばならないのだ。

 

 

イエスマンについての記事

 

食ハラは、アルハラと同じくらい下劣な行為であると僕達は結論を下した。

#食えっこないは食えっこない

 

だから僕は食ハラは以後絶対にしないと心に誓った。

 

僕は今バルクアップを図っているので、身体をでかくするために食べなければいけない。

 

個人的に大食いを目指すことにした。

 

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すき家のキング牛丼に挑戦してみた。

奥のミニ牛丼を食べているのがはいぐ〜である。

早稲田から横浜まで歩いた僕達は腹を空かせていた。

それでもかなりきつかった。

途中であの肉のしつこい味が嫌になる。

紅しょうがや七味、あらゆる方法で乗り越えようとした。

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これが僕の口には合わなかった。

和風ドレッシングをかければよかったの後悔している。

 

それでも20分強でなんとか完食した。

 

そして、前回の記事でちょこっと触れた大食いチャレンジに挑戦した。チャレンジに挑戦、まあいっか。

 

もう一度チャレンジの内容を載せる

 

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旅費の足しにしてやろうと意気揚々と僕はチャレンジの券を発行した。

1杯416g

これを4杯、合計1664g

これにトッピングとそしてタレも全て飲み干さなければいけないというチャレンジである。

 

はっきり言って無謀だった。

それでも挑戦しないで後悔したくなかった。

 

制限時間は30分

 

僕は1杯目を物凄いスピードで平らげた

4分かからないくらい

 

しかしそのときにわかった

 

これは無理だ

食えても3杯だ

 

結局2杯しか食えなかった

情けなかった、大食いイキリを散々しておいて半分しか食えなかったのだから死にたくなるくらい悔しかった。

 

人生初めての胃もたれを経験し、僕は今までの自分の発言を大いに反省した。

 

人間生まれ持った胃袋があって、無理に食うことはできないのだ。

 

それに大食いの何が自慢になるのだろう。

別に大食いは努力して得るものではない。

まあ多少経験がものを言うだろうが、それでもやっぱり僕達のできっこないっていうのはこういうことじゃないんだ。

もう大食いなんて自分をいうのはやめる。

別に全然かっこよくない。

ちょっと人より胃袋が大きいだけのことだ。

もっと違うことで、自分のアイデンティティを確立させなくてはならない。

 

でも挑戦することは悪いことじゃない。

失敗するとわかっていてもやってみることは大事だと思う。

 

これからも自分にとって、そして僕達にとって

“できっこない”とは?ということを問い続けていきたい。

 

あ、ちなみに油そばTシャツはしっかりゲットしました。

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ピース。